福岡へ引っ越しました

2022年6月15日です、今は福岡県福岡市にいます。昨年9月まで大阪は千里におりましたが、交流学生としての派遣期間がおわり、千葉東京へ帰ってきていました。それからまた半年が経ち、今度は3月に福岡に引っ越してきたわけです。

千葉東京にいた半年の期間は、今までと同じように実家で過ごし東京の大学に通う日々でした。しかし街の見え方は変わり、より面白く感じられたと思います。大阪にいる間にした決断とその結果を踏まえて、こうして福岡に来るための諸々の整理をしつつ、これまでの関係を“冷凍”して、これからは一旦、ある意味で一人で、生き方に覚悟をもっていくという、大切な時間でありました。実際は1月ぐらいまで、学部卒業の卒論を完成させることに一番時間を費やしていましたね。

提出できたと思えばすぐさま、この福岡の家探しが始まりました。ずいぶんリストアップして、google earthでピンを打ち、日当たりを確かめたりしながら、実際に来て確認したり不動産屋へ聞いたりを繰り返して1ヶ月ほど。そうして無事いまの家に決まりました。とても面白い。家を空から眺めると、大都会のなかなのです。(クリスタルキングの『大都会』は福岡のことを歌っていましたね。)

郊外に住むことも考えました、しかし2022年の福岡は、都心の変化を見逃すことができません。

福岡の中心部は、全国的に知られている「博多」に加えて、「天神(てんじん)」という繁華街、さらにその間に位置する「中洲(なかす)」など、いくつかの町から成立しています。

なかでも天神一帯は、西日本鉄道(西鉄)の始発駅であり、九州各地へ向かうバスの起点でもあり、商業施設も多い賑やかなところです。東京だと、新宿や池袋にイメージが近いと思います。SOLARIAやPARCOのようなターミナル駅併設の大型商業施設もあり、ビジネスビルもありながら一歩道を外れれば、新天町のように背の低い商店街も連なっている、そんな繁華街です。

これまでは、すぐそばの福岡空港に着陸する飛行機の航路と重なることもあり、建物の高さが約76mと制限されていました。街の景色も、都会でありながら、極端に高い建物があるわけではないという、個人的にはちょうどいい景観だった記憶です。しかし近年、福岡市が国家戦略特区として特例承認されたことを受けて、一気に高さ制限が解除され、街のランドマークになっていたような建物も、新しい建物に生まれ変わろうとしています。これが「天神ビックバン」と銘打たれている一連の再開発です。

そういうわけで、良くも悪くも、この街は大きな変化を迎えています。1960-70年前後に建てられた耐火建物(当時木造の低層建物が多かったため貴重な存在だった)は、いま竣工から50年が経過していることもあり、その多くが建て替えのタイミング。引っ越し先を検討していた昨年の冬、私はこの時代の建物の壁、窓、柱のデザインが好きでありますから、思ったのです。これはもう、いっそのこと天神に住んでしまえないか。

そういう変化のなかに身を置いています。

これまでの旅先が、いま自分の住む街となったとき、雨の日が意外にも愛おしいことを思い出しました。

まず感じるのは日が沈む時間が遅いこと(首都圏と経度10度ズレてるので40分ぐらい差がある)でしょう。何していても、夏でないかと思えるほどです。

そろそろ、郊外に行けば、涼しげな虫の声がしてくるようになりました。夏も遠くないみたいです。

まず大学院修士生活の2年間で、どんなことができるでしょうか。

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